156回目!

2022.5.14 本日の稽古を終わりにします。

 

「ゆっくり」の話。

 

今回は「ゆっくり」のお話です。

人によって速度って違うんですよ。

この速度の捉え方、ほんと難しいですね。

 

例えば、空手を習っている方はこれやって!と言われたらすんなりできると思います。

 

ですが、知らないとすれば当然困惑しますよね。

どうやってやるの?

 

こう?って。

 

では、そもそも幼い子供だったら?

 

それは間違いなく「出来ない」ですよね。

 

じゃあ、「出来ない」はだめか?

 

答えは簡単、「NO」です。

 

出来なくて良いんです。

 

私は指導するときにその人に対して、求める要求を変えることがあります。

それは私から見てその子に必要なものが違うからです。

 

ただ、審査会となるとある一定の基準が必要ですからそうも言えない事もあります。

 

子供の発達段階にはその時期に応じた変化が事細かに起きています。

 

その年代ごとに脳や身体の発達が目まぐるしいほどです。

 

当支部では年齢差が激しい事もあり、画一的なものではどうしても過分に求めてしまう事があります。

 

逆に足りない部分もしかりです。

 

そこで、少し差分がある指導となります。

 

もう少し上手に出来たらな~なんて毎回思いますけどね...

 

自分も空手を始める前は「なんで言われた通りにできなんだ?」って思っていました。

 

今はそうした声を聞くことが多くなりました。

 

ですので、少し見解が変わっています。

 

「理性の差」です。

 

大人が意見する分には理性が働きます。

 

これをやらないと「恥ずかしい」とか出来ないのを「カッコ悪い」とか。

少しネガティブな印象を受けます。

 

中には空手をやっている姿を見ているだけで「嬉しい」って思う方もいるので、よかったなって思います。

 

子供はほとんどの場合、「本能」です。

 

理性ってなんですか?って状態です。

 

虫がいれば虫を追い、音が鳴ればそこへ行き、つまらなければそっぽを向き、楽しければ集中します。

 

これは指導していてすごい思うのですが、指導中の顔を見てほしいぐらい。

 

露骨ですよ。

 

分かりやすい。

 

稽古中の保護者の方は背中しか見ていませんので、これまた分かりづらいと思います。

 

でも、保護者を背中に稽古したら子供たちがどういう顔をするのかも見てみたい…

 

この「理性の差」って、多くの場合埋めるのには時間が必要です。

 

時間=成長です。

 

人によって成長速度は全く異なります。

もう全然違います。

 

身体が大きくても心は幼い、小柄だけど大人びてるなんてざらですしね。

 

ですので、「ゆっくり」構えるで良いんだと思います。

 

これ、自分の子だとそうは思えない不思議はありますが...

 

この「ゆっくり」を稽古に活かそうとすると、色々と不具合出ますかね。

私の力量不足でしょうが...

 

出来る子はやってくれますが、出来てるよ!って子ほど実はテキトーだったり...

 

その子その子の成長に合わせて指導できるなんて最高ですけどね。

自分がもう二人ぐらいほしいです(笑)

 

いつも来てくれる道場生たちが楽しそうにしてくれるのを見るのはすごい癒されますしね。

 

ちょっとずつ確実に上手になっている姿を見られるのは、嬉しい限りです。

 

「ゆっくり」を受け入れて進みましょうか。

 

次の稽古も頑張りましょう。